引っ越し初日の深夜、荷解きを終えてようやく一息ついた時のことだった。

喉が渇いて洗面所に行き、蛇口をひねった。流れる水の音の中で、なんとなく鏡を見た。

最初は気づかなかった。

疲れていたせいもあって、自分の顔だけを見ていた。でも、水を飲もうと少し前屈みになった瞬間、鏡の中の景色が変わった気がした。

後ろに——誰かいる。

振り返った。誰もいない。洗面所は狭く、隠れる場所などない。

もう一度鏡を見た。また、いる。

自分の背後、少し右側。ぼんやりとした輪郭。背が低い。子供のような——。

「気のせいだ」と思った。引っ越しの疲れで目がおかしくなっているんだと。

電気を消して布団に入った。

眠れなかった。ずっと、洗面所の方向が気になった。

翌朝、不動産屋に電話した。何気なく「この部屋、前の住人はどんな人でしたか」と聞いた。

少しの間があって、担当者が言った。

「……ご家族でお住まいでした。でも、途中からお子さんだけになって」

「お子さんだけ、とは?」

「えっと、その、詳しくはちょっと……。何かありましたか?」

私は「いいえ、ただ気になって」と答えて電話を切った。

その夜から、洗面所の鏡には布をかけて寝ている。